映画「十三人の刺客」は久しぶりの本格時代劇 2010/09/27





 モントリオール世界映画祭で深津絵里が主演女優賞をとった「悪人」も良かったが、この「十三人の刺客」も見ごたえがあった。
 オリジナルは、6年前の京都映画祭で観た。これのリメイク版である。


 久しぶりの本格時代劇。ラスト50分(50分もあるとラストとは言えないが・・・)の「13人vs300人」の血と泥だらけの殺し合いはなかなかの迫力。



 ときは江戸時代末期。残虐な性格で横暴の限りを尽くす明石藩主・松平斉韶(稲垣吾郎)は、しかし将軍の弟という立場から幕府でさえ手が出せぬ存在だった。そして、1年後には幕府の老中職につくことが決まっている。こんな残忍非道の男が幕府要職についたら世の中メチヤメチャになってしまう。
 そこで老中・土井利位は、御目付・島田新左衛門(役所広司)に暗殺部隊の編成を密かに指示。島田はさっそく腕利きの浪人や武士ら精鋭13人を集め、標的一行を待伏せるが……。



 冒頭、殿をいさめるため、壮絶に切腹する家老のシーンがこれから始まる武士道・理不尽を感じさせる。
 精鋭13人と、防衛側の凄腕武士たちが、全力を出し合い戦う。ダメ藩主でも命をかけて守らねばならない武士道精神も分かる。
 一番の剣技を誇る孤高の浪人・伊原剛志、人間味あふれるリーダーの役所広司とその甥で若いくせに頼もしい山田孝之。松方弘樹の殺陣はさすがに重厚で<人を斬っている>という演技は見事。SMAPの稲垣吾郎の残忍さも板についている。



 何かとラスト50分のバトルばかりに注目が集まりがちだが、本作の真価はそこではない。確かに13人対300人という荒唐無稽に思える集団抗争は、単なる斬り合いを超え、仕掛けあり肉弾戦ありで娯楽マインドが炸裂する。あくまでも今風の芝居を貫く役所広司や山田孝之。東映時代劇の型を継承し流麗な殺陣で魅せる松方弘樹。脚本担当の天願大介の父・今村昌平作品を彷彿とさせる土着性を感じさせ、侍という特権階級を対象化する“山の民”伊勢谷友介。多様なキャラクターが入り乱れ、カオス状態によってこそ三池ワールドは生彩を放つ。惜しむらくは13人のうち5、6人の彫り込みは浅く、長丁場を一気に運ぶ生理も希薄だが、名誉の戦は阿鼻叫喚の図に到り、武士の矜恃に向ける冷ややかな視線は興味深い。  では肝は何か。傑作の誉れ高いオリジナル版を蘇生させ、凄絶な命懸けの戦いにリアリティを与えたもの、それは「悪」の造形に他ならない。稲垣吾郎扮する権力者は、現代の病が結晶化した姿だ。庶民を捕まえては無表情に繰り返す陵辱と殺戮。誰でもよかったと言わんばかりに残虐非道の限りを尽くし、太平の世に生の証しを求める。虚無の果てに到達する狂気。討たねばならぬ存在として、国民的アイドルのメンバーの一員を抜擢したことは快挙といえる。これは決して“時代劇版「クローズZERO」”ではない。原作ファンやティーンへの媚びへつらいが常態化した日本映画の製作環境にあって、仄かな希望を抱かせる事件をゆめゆめ見逃してはならない。(清水節)(eiga.com)


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