平安京の正門、羅城門を挟んで建立された東寺と西寺 延暦15年、796年に東寺が創建され、金堂が最初に工事がはじめられた 金堂には、朝廷が造営した官寺(かんじ)、つまり国立の寺院にふさわしい荘厳な姿が求められた 建築後、600年以上、都の正面で威風堂々とその姿を残していた しかし、文明18年(1486年)に焼失。いまの建物は、関ヶ原の合戦後に落慶した |
本尊の薬師如来は、薬壺(やくこ)を持たない古い様式の仏像で、光背こうはいに七体の化仏(けぶつ)を配する七仏薬師如来(しちぶつやくしにょらい) 本尊に対面して右側は、日光菩薩 左側は、月光菩薩 |
国立の寺院だった東寺を託された弘法大師空海は、人生のすべてを注いで、密教という教えを伝えようとした その中心的な建物として位置づけたのが講堂 工事は、弘仁14年、823年にはじめられ、16年後の承和6年、839年に完成 当時は、講堂と金堂の周囲を廻廊かいろうが巡りふたつの大伽藍だいがらんをつないでいた しかし、文明18年、1486年に金堂、南大門などとともに焼失 金堂が桃山時代、南大門が江戸時代に入ってからようやく再建できたのに対し、講堂は焼失より5年後に、最優先で再建された |
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