京都 妙満寺 2009/06/17



初夏というより、蒸し暑い今日、京都で今まで行ったことのないところへ。


地下鉄で「国際会館」まで。


約15分歩くと・・・


「花の寺」といわれる妙満寺。




この両側が花の時期はカラフルだそうだ。


 妙満寺は室町初期に、比叡山の上位僧侶にまでなった日什大正師(にちじゅうだいしょうし)が日蓮宗に改宗し、六条室町に建立したものが由来です。その後、豊臣秀吉が寺町二条に遷堂し『寺町二条の妙満寺』と親しまれていましたが、都市化に伴う移転で、現在の岩倉の地に遷堂(昭和43年)するという紆余曲折を経ています。今では、妙満寺はツツジの名所としても知られています。山門の前の池周辺には、多くのツツジが植えてあり、4月末頃から徐々に咲き出してきます。また、池のほとりには花しょうぶ、スイレンなどの花々も植えられており、来る人の心を癒してくれます。


左の巨大な塔はなに?










ここの珍しいものはなんといっても、このインドの仏舎利塔。


 インド・ブッダガヤ大塔は、釈迦牟尼仏が覚りを開いた聖地にアショーカ王が紀元前200年頃建てた供養塔で、仏教最高の聖跡である。「釈迦牟尼仏の精神に帰れ」という妙満寺の教えの象徴としてこの大塔をイメージし、昭和48年に全国檀信徒の写経浄財によって建立されたのが、当山の仏舎利大塔である。ブッダガヤ大塔をかたどったものとしては日本初の建築である。 一階正面には釈迦牟尼仏坐像を安置し、最上階には古来より当山に伝わる仏舎利が奉安されている。


まるで、インドに来たような・・・








金に輝く仏像は外壁に486体もある。












本坊を訪問。


拝観料300円








加藤清正の肖像画


いよいよ、これが・・・


 「鐘に恨みは数々ござる」で知られる紀州道成寺の霊話は長唄、歌舞伎等の芸能に取り入れられている。その物語に縁あるこの鐘は数奇な運命で当山に伝わった。 


 正平14年(1359)3月31日、道成寺では安珍・清姫の伝説以来、永く失われていた鐘を再鋳し、鐘供養を盛大に営んだ。その席に一人の白拍子が現われ、舞い終わると鐘は落下し、白拍子は蛇身に変わり日高川へと姿を消した。その後に災厄が続いたため、清姫のたたりと恐れた寺は鐘を竹林に埋めた。


 その話を聞いた「秀吉根来攻め」の大将・仙石権兵衛が掘り起こし京都に持ち帰った。時の妙満寺貫首日殷大僧正の法華経による供養で怨念を解かれ、鳴音美しい霊鐘となった。当山では、例年の春の大法要において鐘供養を営み安珍・清姫の霊を慰めており、道成寺を演じる芸能人はこの鐘に芸道精進を祈る。


秋もまた、いいようだ。


これが有名な「雪の庭」


 妙満寺本坊にある「雪の庭」は、俳諧の祖と仰がれる松永貞徳(1571〜1653)の造営であり、貞徳は清水・北野(一説には祇園)にも同時に庭園を造ったとされる。 清水を「月の庭」・北野を「花の庭」(現存せず)と称し、それぞれが成就院という坊にあったことから成就院「雪・月・花」の三名園と並び称されていた。 比叡の峰を借景にした冠雪の眺望が最も美しく、これが「雪の庭」と称される由縁である。当山の岩倉遷堂の際に成就院より本坊に移築した。


ガイドブックなどでおなじみの・・・


雪の季節にまた。




今の緑もいいです。








ここの比叡山を借景にした・・・


雄大な眺め。




写真集では花菖蒲、ツツジなどで見事。いつも、タイミングが悪い。


近くは円通寺があるが、今日はやめて、少し歩く。「深泥が池」。なんか、不気味な名前。




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