賎ケ岳ハイキング、余呉湖 2007/11/17



今月の会社のハイキンググループの例会は琵琶湖の北の賎ケ岳。

過去を見ると、7年前の5月に来ていた。


JR余呉駅に10時。


今日は23人。


柴田軍と秀吉軍の天下分け目の合戦場。


大根干しも懐かしい。


登山前の休憩。


ここで野菜を買うわけにはいかない。


さあ、出発。


美しい余呉の湖。





今回はこのコース




のっけから急な登り道。


いい天気で良かった。


ここまで、急坂を一直線。


中川清秀のお墓の前で。


ちょっと一息。








まだまだかぁ。




もうちょっとだよ。


余呉湖を下に見るとかなり登ってきたことが分かる。


あと少し。


ようやく。


山頂に到着。


ギャル5人組。


なんでこんな高いところで戦をしたんだろう。


ポカポカ日当たりの気持ちいいひととき。


説明を受ける団体さん。


各武将の陣構え。

 1582年、信長亡き後、羽柴秀吉と柴田勝家が雌雄を決した賤ヶ岳
この戦いに勝利した秀吉は「日本の治まりはこの時に候」と言い、本当の天下取りを決意したという。
七本槍とは、福島政則、加藤清正、片桐且元、脇坂安則、平野長泰、加藤嘉明、糟屋数正をいう。




琵琶湖の方は逆光気味。






昼食。いつものように、湯を沸かしてコーヒー、味噌汁を作ってくれる。ありがたい。






こちら、余呉湖。






これが今回の全員。


下山へ。


最高の天気だけど、紅葉がちょっと・・・






下りは反対側へ。この道が普通の登り道か。以前もこちらから登った。


下りは早いが、すごく歩きにくい。






もう少し。


ようやく到着。



ここで、お風呂に入るか入らないでお別れ。





く国民宿舎「余呉湖荘」






まだ一豊・千代さんあります

400円。いいお風呂でした。


JR「余呉駅」は湖のちょうど反対側にあり、右の道か左の道か、迷うところ。


右の道をまわる。




水上勉の「五番町夕霧楼」、「湖の琴」・・・・


 「湖の琴」
余呉湖を舞台にした水上勉の純愛物語。
若狭の貧しい村の美しい娘さくは、賤ヶ岳が近い木之本町西山という小さな村の農家に働きに出る。そこで、同郷の職人宇吉と出会い、互いに思いを寄せあうようになる。ところが宇吉は徴兵に、さくは京都で奉公勤めと離ればなれになる。京都で長唄の師匠に見初められたさくは結果的に宇吉を裏切ることになり、西山に戻って自殺してしまう。さくの死体を見つけた宇吉は自分の体と死体を一緒にして余呉湖に沈んでいく。

1966年、田坂具隆監督の下、さくを佐久間良子が、宇吉を中村賀津雄が演じ映画化された。



昼間なのに音が無い、湖北の静けさ。








水彩画を描く人が数人。


まあ、これが秋の山か。


余呉駅に到着。


昔は米原で必ず乗り換え、今は、新快速で大坂方面へ直通。


つれづれぐさページへ戻ります。



2007年のつれづれぐさへ