京都祇園 襟替え 2009/10/28



舞妓さんが二十歳になって舞妓を卒業、芸妓(げいこ)さんになる儀式を襟替えというそうだ。



以下、サイトからの引用
 芸妓へのお披露目の時に、着物の襟をこれまでの赤襟から白襟に変えることから「襟替え」と称されるようになる。
 また、これまでの屋形(やかた)住まいから自立するので「一本になる」ともいう。
 この時に、旦那がついて襟替えをすることを、花の水揚げにたとえ、あるいは、商いの上がり花(あがりばな)などにたとえ「水揚げ(みずあげ)」という。
 芸妓の役割には大きく2つあり、舞踊を主にする者を立方(たちかた)、長唄や清元などの唄、語りや三味線や太鼓の類の演奏をうけもつ者を地方(じかた)という。
 地方となるにはそれなりの修練が必要であり、通常は立方を卒業した姉芸妓が地方を担い、舞妓が立方を担う。
 また、芸妓になるには、素養として一通りの舞踊、茶事などの修行が求められる。
 芸妓は、通常、花街にある芸子屋(置屋)に籍を置いて、料亭やお茶屋で宴席があると、検番を通して呼び出しが来る。
 芸子屋は、芸妓の抱元であり、お客を遊ばせる場所ではない。
 お客は、時間決めで宴席に呼ぶことができ、その料金のことを「線香代」とか「玉代」といわれる。
 <舞妓から芸妓への髪型>
 舞妓時代は、自分の髪で結い上げ、芸妓になるとカツラになる。
 舞妓になると「割れしのぶ」を結い、18歳になると「お福(福髷)」に結いかえ、芸妓になる1週間から10日ぐらい前から、絢爛豪華な「先笄(さっこう)」となる。


 自分には全く別世界であるが、写真仲間がサラリーマン時代に営業で客接待などで関わって、京都の舞妓さん、芸妓さんの追っかけをしているという人から誘われて、ついて行った。


 早朝に祇園に到着したが、まだ早かったようだ。近くの年配の女性に聞いたら、衿替えは夕方とか。それじゃあ、夕方まで、京都内を撮影でもと、円山公園などを散策。


念のため、舞妓さん芸妓さん専門に写真を特集されている「オニヒデさんのブログ」をケータイで確認。いつごろ行けばいいかと質問したら、「正午には現地でスタンバイした方が良い」との回答があり、急遽、現地に。いやあ、助かった。これが無ければ、夕方、現地に行って、何にも見られずだったところ。


なんとか正午前に現地に戻る。間に合った。既に多くのカメラマンが。


今日は、ここの置屋さんから。


何人のカメラマンだろうか。


いい天気でよかった。


いよいよ、出て来るよ。


「小之美」さんというそうだ。


これから、街内を約2時間かけて挨拶まわり。


男衆との2人づれ。


こういう行事をどこで知るのか、いろんなイベントに多くのカメラマン。


街内もサッササッサと歩きます。


カメラマンはうしろを走って追いかける。


有名なスポットは絵になるので、前で待ちうけ。


この姿で歩くのも大変だ。


2日前までは舞妓さんだった。


1軒あたり、数分。


何ヶ所をまわるんでしょう。




10月末なのに、かなりの暑さ。


ついていけば、ひととおり街内が分かる。




ん?、留守かな?。勝手口へまわってみよう。


格子の家が続く。


ちょっとしたしぐさはもう、芸妓さん。








美容室など日頃お世話になる店を。




お稽古の音がいかにもこのあたりらしい。






おなじみのおじさん?


意外にガイジンのおっかけさんも多い。


留守かと思ったら・・・




こちらはほぼ同じ年頃。進む人生が違う。


昼食もせず、ただただ追っかける。






有名な置屋さんでは待ちうけカメラマンでふさがってしまう。










やっぱり、ズームレンズは甘いな。


次回は短焦点レンズで挑戦したい。




暑っつ。男衆さん、以前、真夏で汗かきかき、そこへ夕立だったとか。


今日は最高の日和でしたね。


無事、本拠に戻って。


お疲れ様でした。

「オニヒデさんのブログ」をぜひ、ご覧ください。深いカメラの知識があるからこそのシャープなピント、すばらしいタイミングの見事な作品は非常に参考になります。


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