天王山ハイキング 2009/05/15



東レOB会のハイキングイベントに参加した。


山崎駅に9:30集合。


みなさんお久しぶり。東レの人は名前は知らなくてもなんとなく分かる。


地元のボランティアガイドさん、お世話になります。


駅前にある、利休の国宝「待庵」。日本の茶室で国宝はここを含めて3つのみ。
たしか、見学は事前申請制だった。




駅から少し歩くと「大山崎町歴史資料館」




このあたりは秀吉vs光秀の山崎の合戦をはじめ、非常に歴史にかかわりが多い。


蘭の花を実物大、精細に描いた版画の原画がすばらしい。


国宝「待庵」の精巧なレプリカ。


☆天王山のカエル
昔、京都から大阪見物に来たカエルと大阪から京都見物に来たカエルが天王山で出会い、お互いに立ち上がり、めざす彼方を見渡すと自分の住んでいる所と少しも変わらない。カエルの目は背中に付いていて、立ち上がってみたら後ろが見えてしまったのだ。それに気づかなかったカエルたちは、これでは行っても無駄だといって、立ち去ったとさ・・・。
 (柴田鳩翁 「鳩翁道話」から)




ここからは、3年前のハイキングと同じ。あの時は雨だった。


離宮八幡宮は当宮は荏胡麻(えごま)油発祥地。




油の製造と販売の中心「油座」として栄えていた。








現在は油の神様として親しまれてる。




日本の代表的油メーカーの寄進。


エゴマ油は次第になたね油に取って代わられ、衰退へ。


あの斉藤道三をはじめ、多くの油商人が活躍。


岩清水八幡宮の名残りがあちこちに。




西国街道の関所。




この細い川が摂津(大阪)と山城(京都)を分ける。


川沿いに歩き、JRをくぐるという。


この上はJR山崎駅のホームだ。


左の壁は大阪、右の壁は京都です。


くぐったあと、ホームを覗くと、ホームの上にこんなのが。日本の駅上で県境があるのはここだけ。


カーブだろうか、走る電車の傾きが異常に大きい。


いよいよ、天王山の登り口。


天下分け目の天王山だ。


NHKの大河ドラマ「天地人」では、現在「本能寺の変」。秀吉が信長の訃報を聞き、大返し、光秀と。


こちら、我が栗東に関係ある足利義尚、家来の山崎宋鑑。




見上げるばかりの急坂を歩いたら。


宝積寺。








「イッチニッイッチニッ」とがんばってきた。三重塔。


「豊臣秀吉一夜之塔」と読めます。


(1864)元治元年・禁門の変で、敗退した長州勢は天王山にたてこもり、残党討伐軍の会津藩と交戦したあと、山中にて自決した。この時、山崎に弾薬、食料が残されていたということで焼き払われ、離宮八幡・神宮寺・成恩寺・大念寺等その他の寺も焼失した。


閻魔大王のいる大黒天信仰の寺。


チケットをもらって。




三重の塔と墓地。


本堂の十一面観音もすばらしいが、ここの閻魔様は驚いた。

 
京都の国立博物館から帰ってきたのだとか。



堂内撮影禁止ですが、外からなら・・・


いやー、すばらしいお宝を拝観しました。


小槌宮


童話・一寸法師の「打出の小槌」伝説も。


豊臣秀吉 が山崎合戦の時ここに腰掛けて、軍議をしたか采配をしたとする・・・


「秀吉の出世石」


本堂


十一面観音





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