映画「ベンジャミン・バトン/数奇な人生」 2009/02/07



 映画好きの自分には毎年2月のアメリカアカデミー賞の結果は少なからず興味がある。やはり、良くも悪くもアカデミー賞で注目された作品は毎年観ているわけで、映画のトピックスとして記録せねばならない。
 今年の第81回アカデミー賞の作品賞候補は、インドを舞台にテレビのクイズ番組がテーマとなる「スラムドッグ$ミリオネア」と、一人の思いがけない一生を描いた人間ドラマ「ベンジャミン・バトン/数奇な人生」の2本が圧倒的な支持でノミネートされている。
 「ベンジャミン・バトン〜」は作品賞、監督賞、主演男優賞、助演女優賞などを含む最多の13部門がノミネートされ、本命とも言われ、作品賞は間違いないだろう。
 今年は外国語映画賞に日本のあの「おくりびと」がノミネートされており、これも期待でき2月22日の発表が楽しみである。



科学的にも医学的にも荒唐無稽、奇想天外。しかし、すぐれた脚本によって、感動のファンタジーに。

監督 デヴィッド・フィンチャー
製作総指揮 − 原作 F・スコット・フィッツジェラルド
音楽 アレクサンドル・デスプラ 脚本 エリック・ロス
ブラッド・ピット(ベンジャミン・バトン)
ケイト・ブランシェット(デイジー)
ティルダ・スウィントン(エリザベス・アボット)
ジェイソン・フレミング(トーマス・バトン)
イライアス・コティーズ(ガトー)
ジュリア・オーモンド(キャロライン)
エル・ファニング(デイジー(7歳))
タラジ・P・ヘンソン(クイニー)
フォーン・A・チェンバーズ(ドロシー・ベイカー)
ジョーアンナ・セイラー(キャロライン・ボタン)



 主人公ベンジャミンはなんと、80歳のしわくちゃの老人として生まれる。産んだ母親は死に、異形な赤ちゃんにショックを受けた父親は、思わず手近の老人養護施設の前にベンジャミンを捨ててしまう。幸いこの子は施設の心ある黒人女性に拾われ愛情いっぱいに育てられる。



 醜悪な容貌の老人が成長するに従い驚くべきことにどんどん若い姿に変貌していく。精神は順調に加齢するのに、体は反対に減齢するのである。

 

 ベンジャミンが育つ場所が老人養護施設だから、死期の迫った同じような見た目の老人たちに囲まれて、幼いころから人の死、あるいは自分の死というものを自然に受け入れ、逆らわずに生きていくことを悟る。

 

 世の中で自分だけが逆に成長するとなれば、女性との恋愛もやっかいなことになる。ベンジャミンが70歳(つまり10歳)ごろ、5歳の少女デイジーに出会う。老人と少女が絵本を読んでもらっている。二人とも精神的には子供なのだ。


自分を捨てた父との出会いにも悩み。


船乗りとして世界をめぐり・・・


海外で大人としての恋愛も経験。精神的にはまだ若すぎる。



 再び現れた若い姿のベンジャミンにデイジーの驚き。心と体のズレにデイジーの誘いにも躊躇。

 

男はどんどん若くなり、女は加齢していく。二人が「ちょうど良いぐらい」の身体年齢の間は長くない。



年齢がクロスする少しの期間に娘を授かるが・・・



 ベンジャミンはやがて自分も子供になり、娘の父親にはなってやれないことを思う。デイジーに”二人の子供”を育てていけるかの心配で、ベンジャミンは旅に出る。娘が成長したころに、少年にまで若返ったベンジャミンがデイジーの前に現れる。娘よりも若い姿の自分を”父親”とは名乗れないベンジャミン。遠い昔、老人と少女が読んだ絵本を全く逆の立場の少年と老女として読んでいる場面は象徴的である。



 感動のラストへ。ベンジャミンはどんどん若く、デイジーは更に老女へ。もはやベンジャミンは容貌はかわいい児童だが、頭の中はアルツハイマー・認知症で自分の名前も過去も全く分からない。わめき、暴れるベンジャミンを必死に抱きしめるデイジー。
 そして、ある日デイジーは一人の赤ん坊を胸に抱いて、静かに”死にゆく”赤ん坊を見おくる。「死ぬ」直前に赤ん坊はジッとデイジーを見つめた。デイジーはつぶやく「彼は気がついた」。



 人間、年をとると、赤ん坊化すると言われるがまさしくその通り。頭はぼけ、オムツのお世話に・・・。
 若返って昔の自分に戻りたいのは誰ものねがい。しかし、減齢が止まらずどんどん進むというのも困るなぁ。
 2時間47分の上映時間は頻尿気味の年寄りにはきつく、エンドロールが始まると飛び出した。
 なかなか、一気に見せるデヴィッド・フィンチャー監督。幸せな気持ちになれるかも。

写真はYAHOO映画、オフィシャルサイトから

解説:
 F・スコット・フィッツジェラルドの短編小説を『セブン』のデヴィッド・フィンチャーが映画化した感動巨編。第一次世界大戦時から21世紀に至るまでのニューオリンズを舞台に、80代で生まれ、徐々に若返っていく男の数奇な運命が描かれる。主人公のベンジャミン・バトンを演じるのはフィンチャー監督作に3度目の主演となるブラッド・ピット。共演は『バベル』でもブラッドと顔を合わせたケイト・ブランシェット。誰とも違う人生の旅路を歩む、ベンジャミン・バトンの運命の行方に注目だ。(シネマトゥデイ)




後戻りできない人生を歩む私たちの願いの結晶
 老人として生まれた子供が、成長するにつれ若返り、赤ん坊として死ぬ。そんなとんでもない主人公の設定はすでに映画を見る前から広く伝わっていると思う。だがこれはホラー映画ではないわけだから、そこから生まれるさまざまな人生の問題と物語を、私たちは見ることになる。
 切ないのは、子供の戦死を嘆き悲しむ時計職人が逆回りする時計を作ってしまったという、映画の冒頭に収められたエピソードがあるからだ。誰もが後戻りできない現実を生きている。いくら時計が逆回転したところで、その職人は息子を取り戻すことができるわけではないし、誰も過去をやり直せない。もちろん、老人から生まれて子供になるという逆戻りの人生を歩んだとしても……。
 人間は前向きに進むことしかできない。だから主人公たちの年齢の変化がCGで鮮明に処理されていくとき、そのリアルさとそれゆえの不自然さに心底ドキドキしてしまう。そこに映っているのは生身の人間(俳優)ではなく、後戻りできない人生を歩む私たちの愛と悲しみと痛みが作り出した私たちの姿そのものではないかと、そんなふうに思えてくるのである。つまりそれこそ人類の願いの結晶であり夢のかけら。それを見ることで私たちは、この人生の痛みをある愛おしさとともに受け入れることができるようになる。そう、それこそ私たちが「物語」を必要とする理由だろう。(樋口泰人)(eiga.com)


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