サイトから 一条の綱に火が走ったと見る間に、境内は火炎と煙に包まれる。くるくると渦巻状に舞う廻火や低く打ち上げられる乱玉の美しさ、体の芯にまで響く爆雷の音。あたりの白煙が薄れると、夜空にくっきりと、蛍火のごとく柔らかく、藤色の見事な絵模様が浮き上がる。法隆寺の五重塔が、金堂が夢幻の世界に描き出される。「篠田の火祭」とは、国選択無形文化財に選定された時の指定呼称で、近江八幡市の篠田神社で行なわれる、“豊稔祈願祭”の中の一連の松明渡御・奉火・古式花火などの炎の祭りの部分を指す。祭は、毎年5月3日の若宮祭・4日の本宮宵夜祭・5日の本大祭と3日間にわたって行なわれる。5月3日、4つの地区の氏子が結い上げた、夫々独特の形状をした大松明は、日暮れとともに、地区名を記した提灯を先頭に、手松明を上に下に振りながら続く一般の氏子たち、鉦と太鼓とともに宮入りする。各地区が拝殿の前に整列すると、各松明に一斉に点火される。一気に燃え上がる炎で社前は煌々と照らされる。翌4日、境内には、全長7〜10メートル・胴回り3メートルの、湖東地方独特の傘松明を始めとした大松明が数本用意され、東側には、高さ10メートル・幅16メートル・畳100畳分の仕掛け花火が取り付けられる。この仕掛け花火は、「和火(ワビ)」と呼ばれる古式花火で、世界でも唯一ヶ所。この地にのみ伝承されている実に特異なものである。午後9時過ぎ、合図をかねた打ち上げ花火の後、銀滝ナイアガラ仕掛けと間断ない洋式花火の競演だ。ナイアガラの火が消えて数秒の後、古式花火が始まる。藤色の火は十数分の間炎え続け、観る人の心の奥深くに優しい感動の余韻を残す。絵柄は毎年変わるが、近年は“生命”がテーマになっている。この花火芸術の後、傘松明を始め大松明が順次奉火されて行く。 |