京都三十三間堂、方広寺、豊国神社、ポーラ美術館展 2006/03/03



3月3日は、ずばり、33ゲンドウ。そう、三十三間堂の無料公開日。
寒いが、好天気。訪れてみた。


京都駅から歩くこと約15分








南北に125メートル。柱と柱の間数が33あり、木造建築では世界一の長さ。1164年(長寛2)後白河上皇が平清盛に命じて創建。堂内には、中尊千手観音坐像(国宝)を中心に千体の千手観音立像、観音二十八部衆像が並ぶ。「通し矢」で有名。天台宗。建立:1164(長寛2)年
長寛2年(1164)鳥辺山麗(現、阿弥陀ヶ峯)の後白河上皇・院政庁「法住寺殿」の一画に平清盛が造進した。約80年後に焼失したが、すぐに復興に着手し文永3年(1266)に再建された。その後、室町・桃山・江戸そして昭和と4度の大修理により700年間保存されている。長いお堂は和様の入母屋・本瓦葺きの「総檜造り」で約120メートル.正面の柱間が33あるところから「三十三間堂」と通称され、堂内には1001体もの観音像がまつられる。

本像の千手観音坐像(国宝)を中心に、左右に10段50列で500体ずつ千手観音立像が整然と並んでいる様は圧巻。この1001体の観音像、正しくは「十一面千手千眼観世音菩薩」といい、頭上には11のお顔をつけ、両脇には40本の手を持ち、1本の手が25種類の世界で救いの働きをし、40を25倍して「千手」を表している。千一体の観音像は、仰いだ角度のままひとりでに一つのこらず拝めるように安置されており、その中には、会いたいと願う人の顔が必ずあると伝えられています。

二十八部衆

婆藪仙人 摩和羅王 梵天 毘桜博夜叉王 難陀竜王 金大王 満仙王
大弁功徳天 金色孔雀王 帝釈天 摩醯首羅王 沙迦羅竜王 散脂大将 神母天
満善車王 迦桜羅王 乾闥婆王 摩コウ羅王 堅那羅王 毘沙門天 東方天
毘桜勒叉夫 五部浄 金比羅王 畢婆迦羅王 阿修羅 雷神 風神




 


国宝の中におびただしい数の国宝がおさまっている。





雛うどん。なんとなく色がきれい。




毎年、瀬戸内さんはここで青空説法をされる。




商魂たくましい。


さて、少し歩くと、方広寺




梵鐘を製作した三条釜座鋳物師、名越(名護屋)三昌らによって1612年に製作された。
大仏殿及び大仏は1798年の落雷により大仏、大仏殿ともに焼失している、従って本遺物
は豊臣家建立の寺院として東山に偉容を誇った方広寺大仏殿のありし日の姿を伝える



とにかく、りっぱな鐘楼だけが目立つ。


すごい構えの鐘楼


方広寺といえば、あの国家安康の鐘


慶長19年(1614年)に京都三条釜座の名古屋三昌により鋳造された。
大きさは高さ4.2m、外形2.8m、厚さ0.27m、重さは82.7トンである。前述の銘は撞座の左上にある。



今まで、こんなにでっかい鐘は見たことが無かった。


徳川家康がいちゃもんをつけたという「国家安康」の刻字
この鐘に刻まれた「国家安康」「君臣豊楽」の銘文(京都南禅寺の禅僧文英清韓の作)が家と康を分断し豊臣を君主とするものだとして徳川家康の怒りにふれ、豊臣家滅亡のきっかけになったとされる(単に、大坂の役の口実を家康が作りたかっただけという説もある)。この鐘は重要文化財に指定されており東大寺、知恩院のものと合わせ日本三大名鐘のひとつとされる。


この厚さ。27cm。とにかく、デカイ。


すぐ隣は豊国神社


豊臣秀吉の死去の翌年の1599年(慶長4年)、遺体が遺命により方広寺の近くの阿弥陀ヶ峰山頂に埋葬され、その麓に方広寺の鎮守社として廟所が建立されたのに始まる。後陽成天皇から正一位の神階と豊国大明神(ほうこくだいみょうじん)の神号が贈られ鎮座祭が盛大に行われた。しかし、1611年(元和元年)に豊臣氏が滅亡すると、徳川幕府により神号が廃され、社領は没収、社殿も取り壊されて廃祀された。

1868年(明治元年)、明治天皇が大阪に行幸したとき、豊臣秀吉を、天下を統一しながら幕府は作らなかった尊皇の功臣であるとして、豊国神社の再興を布告した。1873年(明治6年)、別格官幣社に列格した。1880年(明治13年)、方広寺大仏殿跡地の現在地に社殿が完成し、遷座が行われた。


唐門






すごい数のひょうたん絵馬




秀吉ゆかりの宝物を見たい。










歯1本の目録です。

それにしても、義経、信長などのように<火葬>以外の死に方の有名人は土葬されているから、頭蓋骨が残っているはず。
なにも、歯で無くとも・・・と思いませんか。秀吉家康も頭骨があれば、複顔できると思いますが。



枕をはじめ、秀吉愛用の品がいろいろある。


京都駅の美術館「えき」にて、ポーラ美術館の所蔵品を見た。


2002年9月、(財)ポーラ美術振興財団によって箱根仙石原に開館したポーラ美術館は、モネ、ルノワールなどの印象派を中心とした西洋絵画と、黒田清輝ら日本の洋画や日本画、さらにアールヌーヴォーを中心としたガラス工芸、化粧道具、東洋陶磁など約9500点にもおよぶ日本最大級のコレクションを誇ります。
その中でも西洋絵画は、モネ、ルノワールなどの印象派から、セザンヌ、ゴーガン、ゴッホなどポスト印象派、モディリアーニやシャガールなどエコール・ド・パリの画家たちの絵画、ピカソ、マティスらの20世紀絵画に至るまで、体系的に収集されており、美術史を語るうえで重要な時代や作家の作品を網羅しています。
本展はポーラ美術館初の巡回展で、その珠玉のコレクションの中から、特に人気の高い印象派の巨匠たちを中心に、世界に誇る名画、約70点を一堂にご紹介する試みです。本展覧会では、コレクションを代表するルノワールの「レースの帽子の少女」をはじめ、モネの「睡蓮」、セザンヌの「ラム酒の瓶のある静物」、ゴッホの「ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋」、ルドンの「日本風の花瓶」など、世界のトップレベルの名品が京都に会します。美術ファンには、京都でポーラ美術館の名画と出会える絶好の展覧会です。


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