妙心寺、退蔵院庭園 2005/12/10



 鳴滝了徳寺の大根焚きのあと、すぐ近くは仁和寺、そして、妙心寺となる。
非常に久しぶりに妙心寺を訪れることにした。


こちらは北門となる。


妙心寺はご存知、ものすごく大きい臨済宗妙心寺派大本山


北門から入ると、石畳がずーっと続く。生け垣もきれいに刈られて美しい。


道の両側に子院が並ぶ。子院塔頭は四十余もある。


ちょっと外から。


大通院は来月一般公開になる。


来年のNHK大河ドラマは「巧妙が辻」山内一豊と千代の物語。来月は人多いだろう。


ハラハラと落ち葉が見える。今、入れてくれても美しいのに。


妙心寺境内を歩きつくと、大方丈。

 花園法皇の離宮に関山慧玄[かんざんえげん]を迎え、禅刹として改めた。臨済宗妙心寺派の本山で、1337年(建武4)創建。山門(重要文化財)や仏殿(重要文化財)、法堂[はっとう](重要文化財)など七堂伽藍をはじめ、46もの塔頭が立ち並ぶ。みどころは法堂の天井画「八方にらみの龍」で、狩野探幽の作。日本最古の銘をもつ黄鐘調[おうじきちょう]の梵鐘(国宝)も必見。


法堂・天井の雲龍図、国宝の梵鐘、浴室(明智風呂)が見学できる。


法堂(はっとう)


 20分ごとに専門のガイドさんにより説明を受ける。
法堂内の見学は圧巻。この大建築のものすごさに驚く。撮影禁止だった。
天井画「八方にらみの龍」は狩野探幽の作。これはすごい。大迫力。パンフレットの写真で見るとたしかに目玉が円の中心にあるが、実物ではそう見えない方向がある。どこから見てもにらまれているというこの龍は圧倒的な力がある。日本最古の銘をもつ黄鐘調[おうじきちょう]の梵鐘(国宝)も中で見ることができる。目に見えないヒビがあるそうで、鐘をつくと割れる可能性があるとか。鐘楼にかかっていた時の録音した音も聞くことができる。


今は、二世の鐘がかかる鐘楼。


明智風呂の見学。蒸風呂形式。つまり、サウナですな。


すばらしいものを拝見しました。ありがとうガイドさん。



 若いころに訪れた多くの庭園でもっとも印象深いのが、妙心寺退蔵院、等持院、詩仙堂など。
つまり、マイフェボライトガーデン。どれも若いころ以来、ご無沙汰。
やはり、ここに来たら、訪れよう。35年ぶりかな。
人間は変わったが人間よりも長い長い歴史を生きる自然、庭園にどのような変化があったか。




チケットを買う時、「35年ぶりです」と。










 600年の時を経て人々に愛され続ける退蔵院。その魅力は退蔵院のもつ一つ一つの宝が生み出しています。狩野元信による枯山水庭園、透き通った響きをなす水琴窟(すいきんくつ)、如拙の作品国宝「瓢鮎図(ひょうねんず)」、昭和の名庭である中根金作氏の余香苑など、由緒ある宝物たちが、きらっと光る独自の個性で訪れる者の心を魅了し続けてきました。






























このしだれ桜は非常に有名。前は茶室、ここにあがって、お茶をいただくのはさぞや・・・






 瓢鮎図(如拙筆)
 「瓢箪でどうすれば鯰が捕らえられるか?」という禅の問答です。「公案」を表すもので相国寺の僧「如拙」によって描かれました!後に周文→雪舟まで筆が渡ることになり、現存する彼の作品では最も傑出したものです。名前の由来は「大行如拙(タイコウセツナルガゴトシ)」の語からとったもので、「最も大功(上手)であろうとするなら稚拙(下手)であるのがよい。」とされています。又、この瓢鮎図に価値を与えるのはこの問いに対して当時五山文字の名僧とされる31名により賛が述べられている為です。

「上手く捕ろうとするならヒョウタンに油を塗り、一層手を滑らせれば成功するのではないか?」「足元の細かいジャリをすくいご飯の代わりに炊き、鯰が捕らえられたら吸物にして食べてしまおう。」などなど、凡人が頭で考えても理解し難いものになっています。



サイトから引用
宮本武蔵と退蔵院
 宮本武蔵が愚堂禅師を求めて参禅した頃、この瓢鮎図を前に自問自答したという寺伝があり、武蔵自作の刀のツバ(岡山県・宮本武蔵資料館所蔵)にはこの「ヒョウタンと鯰」がデザインされているものが現存するといいます。
「鮎」→本来中国で作られた「ナマズ」という漢字。日本では「アユ」という意味。
「鯰」→日本で作られた「ナマズ」の国字。中国では「アユ」を「香魚」と書きます。


紅葉も終わりごろ、やはり、桜、さつきの時に再度訪れたい。




妙心寺をあとにして、京都市美術館へバスに乗る。
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