JR西日本の大脱線事故 2005/06/24



〜あの大事故から2ヶ月が過ぎた〜

連日、海外ではテロ、また、国内では無差別殺人、親殺し、子殺し、誘拐殺人事件など、10年前なら1ヶ月ほど話題になるような凶悪事件も、そのあまりの多さに、それぞれ1日しかみんなの記憶に残らず忘れ去られていく。
そして、地震、洪水などの天災も増加し続けている。
あまりにも身勝手な殺人など、憤懣やるかたないことも多いが、いちいち述べていてもキリが無い。
しかし、これだけは、絶対、記憶にとどめておきたいこの大事件を新聞、ネットニュースなどから記録しておきたい。
次第に、単なる事故でなく、事件のような雰囲気になってきたこの脱線事故。
少なくとも、今後100年間は絶対に起こってはならない事故(事件)である。

以下に、発生後のニュースを記録する。


事故発生(2005/04/25)
午後から勤務であり、朝、自宅でテレビを見ていた。
フジテレビの「トクダネ」の終わりごろ、臨時ニュースとして、尼崎で電車が脱線した。
死者は数人出ているもよう。
ということで終わり。ニュース映像を見て、これは、ただならぬ事故になると直感した。
はたして、連日のトップニュースが始まった。

 
マンションの前のカーブを制限速度を超えて突っ走ったために、電車が曲がりきれず脱線したのである。




 

  
1両目はマンションの地下まで潜り込んで、押しつぶれ、長さは1/3までになってしまっている。
2両目は、なんと、マンションに巻き付いて、ペシャンコとなってしまっている。

 

 




近くの工場では臨時休業してけが人救出に奔走。
それは、救急隊とほぼ同人数だったという。
合わせて800人もの人たちが必死に救助した。


あまりのひどい惨状に、声も出ない。救急隊は車両の中まで入るのに非常に苦労している。

マンション地下は駐車場であり、ガソリン漏れも考えられ、金属カッターが使えないという。

朝、通学通勤するため、元気に出ていった人たちが、突然、天国に召される。
遺族の嘆きにも、テレビを見ていて、泣いた。



犠牲者確定(2005/05/01)
事故車の撤去、原因の究明なども進んでいる。
そして、最終的に、死者107人、負傷者500人以上が確定した。
普通の通勤電車であり、各車両に何人乗っていたかはなかなか判明しにくいものだ。
駅のプラットホームに録画された防犯用ビデオテープに事故遭遇直前の家族を求める遺族の気持ちも分かる。






事故の原因は
そして、これは事故でなく、実は、事件ではないかとも言われるように。
該当路線(JR宝塚線)については、もともと阪急電車だけだったが、ここにJRも参画。
そして、営業競争となる。朝晩の通勤ラッシュに、いかに早く(速く)客を運ぶかの競争となった。
JR西日本は、会社方針として、なんと、利益第一、安全第二というとんでもない方針(これにはびっくり)を掲げていた!。
JRは阪急よりも早く目的地に着く上に、料金も安いということで、阪急に勝つ。
途中に駅が増えても時刻表はそのままという信じられない体制。
駅の停車時間が秒単位で決められており、運転手は当然無理をする。駅を通り越すオーバーランを起こすといったん戻る。これで時間を取り戻すために、次の駅までは猛スピードで回復しようとする。
運転手は連日、ものすごいストレス。オーバランとか事故を起こしたりした運転手は減給、降格、そして、「日勤教育」という密室的な総轄の場が待っている。まるで、北朝鮮の政治犯扱い。

事故直後は運転手(故人)が憎かったが、次第に話が分かってくると、会社そのものに大きな問題が見える。
運転手も犠牲者の一人である。1秒単位の運行作業なんて、もう、気違い沙汰である。
今までは、正確な会社が信用できると評価していたが、考えてみれば、秒単位の運行なんて、気ちがい沙汰ではないか。海外では、今回の事故について、全く信じられないとのこと。
正確さを維持しようとすると、どうしても、このような従業員への無理が生じ、安全へも無理が出てくる。

JR西日本は今期、数百億の利益が出たが、犠牲者1人1億円の補償として百数十億円の損失を出し、例のマンションまでも(買い取る?ことに)となったら、JRは今後、どうなっていくか。
(といって、今日もJRにのっている)

日勤教育を受けて反省すべきはJRの社長始め上の方々である。

今回お亡くなりになられた方々のご冥福を心からお祈りしたい。


試運転(2005/06/07)
線路の引き直し。自動列車停止装置(ATS)設置。ようやく、試運転にこぎつけたJR宝塚線。
マンション前のカーブはそのままに、制限速度の設定を落としたという。無理なダイヤも見直し。
こんな線は廃業すればいいのにと思ったが、普段通勤通学に利用している人には困るという。
各駅周辺の店は完全に開店休業だったとか。




運転再開(2005/06/20)
遺族への補償、マンション住民への移転補償などはまだまだ解決していない。
そして、JR西日本の体質改善は?。まだまだ問題は残る。





鉄道事故として、昭和37年の三河島事故、昭和38年の鶴見事故、平成3年の信楽鉄道事故などに続いて、またまた発生した大事故。
絶対に、少なくとも、今後100年間は起きないことを祈りたい。



JRの各駅に7月現在掲示されているパネル。106名の死者は、運転手を含めていないから。


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